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一次選考のいちにち  その4

部屋に入ると、すでに三上さんがいた。新宿からタクシーで来たということだ。
ともかくお昼ご飯までにまとめられるだけまとめようということで、雑談のひとつもしないで作業に入る。
まずは三上さんと3階の事務室に行き、今年もコピー機を借りるのでよろしくお願いしますとあいさつをする。そして棋譜の切り抜きを借りる。棋譜は幹事や会員でできるだけ集めているが、念のため連盟の分も借りておくのだ。

地下に戻ると、三上さんの指示で推薦に上げられた作品の棋譜を探していく。
推薦作は棋戦ごとに複数あるので、それを1、2作程度に絞っていくべく、幹事がとっかえひっかえ読んでいく。そして相談したり議論したりして、これはというものを選ぶ。

選ばれた棋譜は、コピー取りの白田セーネンが3階のコピー機に走る。2次選考委員へ送付するための、棋譜のコピーを作成するのだ。最近のコピー機は複雑でむずかしいが、白田セーネンはコピー取りの名人で、棋界には詳しいが機械に疎いペンクラブ幹事の中において頼りになる存在なのだ。

文章好きが揃っているのでどうしてもじっくり読んでしまいがちだが、しかし急がなくてもいけない。自然と押し黙り、切り抜きに対して前のめりになる。この辺り、棋士が盤面を睨みつけている格好に似ている。

湯川夫妻が到着し、ピーンと張り詰めた空気が少し和む。たいへんなことに幹事全員の手作り弁当を持ってきてくれたのだ。

湯川博士師匠は技術本担当だが、すでにすべての推薦作を読み終えて点数と寸評を付けてある。さすが師匠、仕事が速い。

ぼくは毎年竜王戦の担当で、切り抜きを持参して推薦作を5作程度選んである。それを他の幹事に渡して、絞ってもらう。

そうやって七大タイトルからNHK杯や新人王戦などの棋戦、女流棋戦も含めて2次選考に上げる作品を絞っていく。普段の発送作業とは違った雰囲気の、バタバタと慌しさの支配する時間なのだ。
目標の正午に遅れること1時間、我々は新聞棋戦の絞り込み作業を終えたのだった。
 
 

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2013年5月21日 | コメントは受け付けていません。 |

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一次選考のいちにち  その3

代々木から千駄ヶ谷に向かって歩き出したのだが、まだ時間に余裕があったので明治神宮の北参道入口にちょっと寄り道。木が生い茂ってひんやりと感じる。
 
すぐに引き返して山手線をくぐったところで恵子さんから電話。ちょっと遅れるという。さぁ鉄道の影響が出始めたなと歩くスピードを上げた。
 
千駄ヶ谷の少し手前、「天津」という中華屋のところを右へ折れる。2年前、この中華屋で2次会を行って、KGさんと出会ったのだ。今年の交流会もここが2次会だろうか。
 
国立能楽堂の案内板のところで、携帯電話で時間を確認して足を止める。今年は能を観にくるのが目標の一つ。6月は何日か空きそうなので、案内板でチェックする。と、三上さんからも遅れるという電話。まぁチェックはホームページでもできるので、まずは将棋会館入りを優先することにした。
 
半分駆け足で進むも、コーヒー中毒なのでホットの缶コーヒーだけコンビニで買った。そしてもうすぐ鳩森神社というところで幹事の白田さんとバッタリで驚く。いやいや、幹事はこの道を通るのだから会っても全然不思議はないのだが、白田さんは中央線方面なのでてっきり事故に引っ掛かったと思い込んでいたのだ。
ぼくと白田さんは将棋会館に入り、階段を降りて地下1階の監禁部屋に入って行った。
 

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2013年5月20日 | コメントは受け付けていません。 |

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一次選考のいちにち  その2

南新宿駅の改札横には、細い、人が2人並んで歩けないくらいの道があり、その入口に銭湯の案内がペタッと2枚貼ってあった。
なんだろうと思いながらその道に入っていく。上から電車の通過する音が響くが、高架下ではない。線路に沿ってひっそりと佇む路地で、壁に圧迫されているが頭上には陽が差している。
 
ともかく、人口密集地の路地は面白い。なにがどう面白いのかと問われると言葉に詰まってしまうが、くねくねと入り組んでその先どうなっているか見当つかないところ、といったところだろうか。歩くのではなく、彷徨うといった感じ。ぼんやり歩いていると同じところに戻ったり、家の庭や駐車場に突き当ってしまったりする。ぼくはうろうろ、そんな場所を翻弄されながら歩き回るのが好きだった。
 
路地は改札の裏の通りに出て、そこは車が一台通れる道。軽ならすれ違いも可能だろうか。その、ガードの反対側に銭湯はあった。「奥の湯」という、質素な店構えの銭湯。改札の奥にあるから奥の湯なのだろうか、それとも単に経営者が奥田さんか。土曜日が定休日というのが、なんとなく珍しい感じがする。この辺り、土曜が最も閑散としているのだろうか。たしかにこの周囲、隙間もないほど建物で埋まっているのに人通りはイマイチだ。
 
ぼくは線路から離れるように進んで行く。ランチの支度を始めるのだろうか、調理人が店の外で一服している。
すぐに大通りに出て、ぼくは今度、歩道を歩く。スーパーは早くも営業していて、惣菜もずらっと並んでいる。なだらかな坂道を上っていくと、代々木駅に出た。散策でけっこう時間を使ったことだし、一駅だけど乗っていこうかと思って改札を入った。そして総武線のホームに上がろうと階段を上っているところで構内放送が入り、新宿駅の人身事故でしばらく止まるとのこと。それなら歩く一手だと、改札でICカードの取り消しを行う。
 
このトラブルで他の幹事は遅れるかもしれないので、ぼくは急ぎ足で千駄ヶ谷方面へ歩き出した。
 

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2013年5月19日 | コメントは受け付けていません。 |

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一次選考のいちにち  その1

18日土曜日は将棋ペンクラブ大賞の一次選考日。幹事の集合は東京将棋会館に朝10時だったが、ぼくは早めに出て西武新宿に8時50分着いた。そこから歩こうと事前に決めていたのだ。

新宿駅の西口を通り、甲州街道を渡ってJR東日本の本社ビルを左に見る。緑のラインが入った作業服を着た清掃員が、ビル周辺を掃除していた。

空には少々雲があって少々肌寒いが、歩くには好都合だ。坂を下ると小田急の大きな踏切で、珍しく引っ掛からなかった。渡るとすぐに右に折れ、細い道を進む。せっかくなので、いくつか寄り道をしていこうと考えていた。

また踏切を渡ってさらに細い道を進み、辿り着いたのが南新宿駅。都会の小駅が好きなので、まずはここに寄り道。

小田急線で新宿から一つ目のこの駅は各駅停車のみの停車。通過電車の方が多いのだ。

建物群の中に埋もれている駅で、半分高架になっている下が、洞穴のような改札口になっている。駅の前にロータリーなどなく、センターラインのない細い道沿いなので車一台止められない。

ぼくはしばし眺め、携帯電話を出して人の切れたときを見計らって一枚撮った。

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2013年5月18日 | コメントは受け付けていません。 |

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某日日記 その3

某日の夕方、時間が空いたので、夏用のズボンを買いにイトーヨーカ堂へ。
ぼくは寒がりなので、持っている服は厚手のものが大半を占める。衣替えの時期をすぎてもちょっと肌寒いと冬服を着るし、真夏でもエアコンだらけの都内に出かけるときは厚手の服で家を出る。そんなだから夏用など持っていてもほとんど出番がなく、もったいないから滅多に買わないのだ。だから夏服は前年と同じものを着て済ましているのだが、しかし数少ない夏用ズボンが昨年ボロボロになって廃棄処分になり、一着補給することになった。それでしかたなく、買いに行ったのだった。

何故しかたなくかというと、このズボンを買うという行為がとても苦手だからだ。上着ならサイズだけ確認してパッと買えるが、ズボンだとそうはいかない。サイズの確認だけではこと足りず、試着してみなくてはいけない。この試着というものが実に面倒なのだ。
まずは売り場でずらっと並ぶズボンを見て、まぁいいんじゃないかというものを選んでサイズを見る。試着室への持ち込みは一度に3つということなので、よーく厳選して試着室へ向かうことになる。この時点で厳選しないで買うときに厳選すればいいじゃないかと思うだろうが、試着室への入室をなんとかして一回で済ましたいので、ぼくの場合はここで厳選しなければならないのだ。メインのサイズと、その一つ大きなサイズ。それとメインサイズのちょっと色違い。こういった取り合わせがセオリーだ。

そして試着室へ。手に持ったズボンを下に置いて、シャッとカーテンを閉める。相も変わらず狭い。穴熊の玉並み。この狭さがどうにもこうにもイヤなのだ。まぁここでじっとしていても意味がないので持ち込んだズボンに履き替えるのだが、壁に手とか腰とかゴツンゴツンとぶつける。ハンガー掛けや鏡などいくつもの出っ張りがあり、肘がぶつかってビーンと意外な痛みに襲われることもある。できるだけぶつけないようにと気を使うからか、履き替えるときに大きくよろけて壁にドシーンともたれかかったりもする。こういったスペースはたいていハリボテのような設備なので余計に響くのだ。「お客さん大丈夫ですか!」などと店員が心配して声をかけてくるんじゃないかと思うくらいの衝撃音だったときもある。焦りと窮屈さから汗が出てきて、それがさらに履き替えづらくする。もしもぼくがこれを買わなかったら、この汗の沁み込んだズボンを見ず知らずの人が購入するのか、などと思いながらもなお履き替え続ける。そんなさまを、鏡が容赦なく映し続ける。

3つ履いてみて、もう一つ小さい方がよかったなぁ、とか、あの色の方がよかったかなと思うこともある。でも再度取りに行って試着するのは耐えられないので、ガマンして持ってきたやつを買ってしまうことも多い。それで、ちょっと大き目のズボンを数着持っていたりする。
ここでウンよく色もサイズも満足するものに出会ったとしても、さらに試練がある。ジャっとカーテンを開けても店員さんがいない。

―スソ上げが…。
こういうとき、どうすればいいのか。大声で呼べばいいのか? それともアイコンタクトが合うまでひたすら立ち続ければいいのか? または長いスソを引きずりながら店員さんを呼びに行けばいいのか? 都会の中の孤独を感じる。だからできるだけ寸法が決まっているものを買うことにしている。たとえ色カタチがイマイチだと思っても。
こうまで苦労して、たった2900円のズボンを買うのだ。だからズボンを買わないとと考えただけで、ズシーンと気が重くなる。
今回は試着して一ついいのがあって一安心したところ、金額を見てびっくり。バカなことに持ち込むまで値札の確認をしなかったのだ。
それで泣く泣く返した。また買いに行かなければと思うと憂鬱になるのだった。

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2013年5月17日 | コメントは受け付けていません。 |

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悩める男に花を!

 今どきのウルトラマンは分からないが、ぼくが子どもの頃のウルトラマンはほぼパターンが決まっていた。怪獣が現れると、まずは地球を防衛する精鋭隊の戦闘機が出撃して怪獣を倒そうとする。初代ウルトラマンでいえば「科学特捜隊」だ。そして戦闘機はあえなく怪獣に撃墜され、そこでウルトラマンが出てきて怪獣と戦い、無事にやっつけてカラータイマーの音とともに去って行くというストーリー。前半で一度ウルトラマンがやられたり、怪獣をやっつけずに宇宙へ帰したりなど、細かな違いはもちろんある。しかし大筋はこのストーリーなのだ。

それにしても、「科学特捜隊」をはじめとしてウルトラマンシリーズに出てくる地球防衛隊の戦闘機はこれでもかというくらい怪獣にやられた。国防費がとんでもない額になっちゃってるんじゃないかと心配してしまうくらいだ。

なかで一つ印象に残っている話があって、隊員のアラシだったかイデだったかが、毎回怪獣にやっつけられてしまうことを悩むのだ。自分たちの隊は怪獣にまったく無力で、いつもウルトラマンにやっつけてもらっている。ウルトラマンさえいれば充分で、おれたちなんか必要ないんじゃないか、とウルトラマンに変身する前の隊員ハヤタに熱く悩みを打ち明けるのだ。もちろんアラシだったかイデだったかは、ハヤタがウルトラマンだということは知らない。

たしかにあれだけ長いこと結果が出せずにいたら悩むのも当然というものだろう。それくらい頻繁に撃ち落されてしまっていて、むしろそれでも死なない幸運を喜ぶべきだと思うのだが、悩みというものは人それぞれなのでしょうがない。
この話はここ数年、将棋ペンクラブの活動の一環として出ている社団戦にオーバーラップして、社団戦の始まる夏になるとちょくちょく思い出すようになった。

我々、将棋に関する集団ということで、とても強いのではと誤解されることがよくある。しかし将棋が強い幹事は大学OBや会社など、とっくに他チームのメンバーになっているのだ。このチームは経験の浅い幹事が呑んだ勢いで参加を決めたチームだけで、その証拠に現在最も下の5部に属している。勝ち星は求めず、楽しく指そうというのがモットー。完全に打ち上げ重視なのだ。

それでも、結果が出ないことを思い悩む方がお一人いた。けっこうな数を指すので、みんなそれぞれどこかで幸運が訪れてダルマさんに目が入るのだが、どうしてだかその御方には幸運が訪れない。訪れないどころか不運な逆転負けもいくつかあった。ダルマではなく成績表に黒目が並んでいく。とても誠実な方なのでチームに迷惑をかけていると気にしていて、まとめ役をしているぼくは、本当に気にしないでくださいと何度言ったか分からない。正直なところ、他の人は負けてもいいからあの御方に勝ってほしいと密かに願いながら、いつもメンバー表を組んでいた。

その御方、社団戦当日にかなり疲れた感じのときもあった。それを尋ねると、前夜眠れなかったと言う。いやぁ本当に気楽にやってください。ぼくは頼むように、そう声をかけるしかなかった。上記のウルトラマンの話では、悩む隊員にウルトラマンが怪獣にとどめを刺す役割を任せ、花を持たせる。結果の出た隊員は悩みも解消され、再び職務に励むようになる。しかしそんな美談もドラマという作り物の世界ならではで、現実世界はただ単に願うのみなのだ。あぁ、あの御方に結果が出ますように、と。

その願いが通じたのか、というのは凡庸な言い回しだが、ともかくその御方、2年目、つまり昨年だが、ついに白星を上げた。居飛車の堂々とした将棋で、横で見ていたぼくは自分の将棋そっちのけで熱くなった。

笑顔でメンバーの集まる場所に戻ってきたその御方は、みんなに祝福された。みんながその御方の一勝を待ち望んでいたのだ。

 
今年もだんだん社団戦が近付いてきた。ぼくは参加者の皆さんが楽しく指してくれることを願うのみ。結果はまったく気にしていない。

将棋ペンクラブはブースで販売、入会案内等行っていますので、お時間ありましたら覗いてみてください。

 

 

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2013年5月16日 | コメントは受け付けていません。 |

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某日日記 その2

某日、桜台へ。西武池袋線で思いつく駅は? と尋ねれば、まず名前の出てこない駅。乗り換えもなく各駅停車しか停まらない、23区内の小さな駅だ。
しかしぼくはちょくちょく降りる。友人の呑み屋があるからだ。この日はペンクラブ会員のHさんと待ち合わせ。カンパイしてしばらくお話したあと、いつものパターンで店の将棋盤を取り出す。友人の店主は指さないが、将棋はOK。むしろ静かで楽だからと奨励される。
Hさんと2局。1局目は飛車先をやぶって快調と思ったところ、玉の小鬢をいじめられて負け。2局目はいいところなく負け。ここでHさんが帰り、今度はいつもこの店で会って指すTさんと1局。いつものようにぼくの飛車落ち。Tさんの中飛車を丁寧に受け、たまった歩で敵陣を乱して勝ち。
2局目も指したかったのだが、終電が近付いたので撤退。ラーメンでもと思ったのだが、食指の動くラーメン屋を思い浮かべることができず、そのまま帰宅。
 

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2013年5月15日 | コメントは受け付けていません。 |

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関東交流会は今月25日です!

今月の25日に、関東交流会があります。
「お知らせ」にも記載してありますが、交流会は会員だけでなく一般の方も参加自由。都合のよろしい方はぜひご参加ください。年齢層も広く(性別は狭いですが)、けっこう面白い出会いも多いですよ!
 
ぼくの印象に残る出会いは一昨年。2次会の中華料理店で、いつも交流会で話す気の合う会員さんと同じテーブルにいたのですが、湯川恵子さんに呼ばれて席を移動しました。
「あんた、この人となんか気が合いそうだから呼んでみたのよ」
恵子さんの隣にいたのがKGさんで、見たところたしかにぼくと年齢が近そう。まぁ年齢が近いから話が合うというわけでもないのですが、でも雰囲気的に合いそうな人でした。
それからそこで話し込んだのですが、実に恵子さんの見立てどおりでした。話が合って合って止まらなくなっちゃいました。将棋の話はもとより、他のこともいろいろ。それで2次会がハネると、こりゃもっと呑もうということになりました。古い言葉で言うとメートルがあがるというやつ。で、千駄ヶ谷からタクシーで新宿に出て、ぼくがそのときよく行っていたゴールデン街の、競馬好きが集まるお店で終電間際までトコトン呑んだのでした。
もちろん一日で話が尽きることなく、KGさんとはその後もちょくちょく呑んでいただいています。サッカーで話が合ったり(プレミアリーグで、赤色よりも青色が好き)、音楽で話が合ったり(その青色の熱烈なサポーターのバンドがいました)、なんだか毎回、呑むと話が止まらなくなるのです。
KGさん、昨年はお仕事が忙しくなってあまり呑めなかったので、今年はぜひちょくちょく呑んでもらおうと思ってます。
 
今年も関東交流会でどんな人に会えるか、ぼく自身楽しみにしてます。
 

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2013年5月14日 | コメントは受け付けていません。 |

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(将棋の方の)雑記  解説A級

昨日もNHK杯を堪能。感想戦がないくらい手数が伸びて、正午までハラハラさせてもらいました。あらためて受信料をちゃんと払わないと、と思った次第です。
 
いやぁ今年のNHK杯は飛ばしますねぇ。こんな早くからA級八段が続いています。もちろん対局者ではなくて解説のA級八段。福崎さんに石田さんに、豊川さんと続いています。将棋そのものも面白いですが、解説によって倍化されております。
 
オープニングで矢内さんは日曜のひとときをお楽しみくださいと言ってくれてますが、たしかにここのところ、とっても楽しませてもらっております。その矢内さん自身もかなり笑って楽しそうです。
 
しかしそれにしても、本当に解説は重要です。特に、動きの少ない将棋ではなおさらです。
どうしても中盤までは、視聴者には間延びした時間に感じるときがあります。そこを解説者が惹きつけてくれると、1時間半ほどの時間が実に充実したものとなるのですね。前半はクスクスと、終盤がドキドキと、というのがぼくの理想であります。
 
解説A級八段の方々には年に複数回出てほしいなぁというのが、一視聴者としてのぼくの願いです、NHK様。
 

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2013年5月13日 | コメントは受け付けていません。 |

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(ペンの方の)雑記  古書目録が届いた、2

それで昨日の続き。

「日英米独佛露華対訳鉄道辞典」というのが数ある鉄道本で最も興味を引く一冊。北半球をほぼ網羅しているからかなりボリュームのある本かと思うが、2000円とお手頃価格なのを見るとたいした厚さではないのか。本の形(なり)が気になる。
この本以降、リストは世界各国の本へとなる。「韃靼通信」は戦前の本。戦前と言ってもぼくは京都生まれではないので応仁の乱の前という意味ではなく第二次大戦前。昭和15年刊だ。版元は生活社となっているが、当時はタタールが生活に密着していたのだろうか。ホントに古書目録は謎の宝庫で飽きない。

「タイ國概観」も昭和15年刊。「国」の字だけでなく「観」も旧字だが、パソコンから字が出てこない。「比律賓史・上下」は昭和17年刊で、「ろしあ風土記」が昭和25年刊。戦前は漢字表記しないといけなかったのか。

刊行年が想像を掻き立てるお手伝いをしてくれる。「家を建てる人の為に‐和洋住宅の實例‐」はタイトルだけ見れば今現在の本かと思うが、昭和3年刊だ。当時は洋風住宅の貴重な手引きだったのかもしれない。「都市交通問題研究」も昭和3年刊。家も交通も永遠の課題というところか。

ない刊行年が昭和20年と昭和64年。とても少ないのだろう。きっとこういうのを専門に集めている人もいるのだろうと思う。今やどんなマニアもいる時代だ。

夏の開催にはぜひ行ってみたいものだ。

 

 

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2013年5月12日 | コメントは受け付けていません。 |

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