某日日記 その15
某日、街で知らないおじさんに声をかけられる。
缶コーヒーはいつもブラックなのだが、味がどうもイマイチなので自宅で淹れたコーヒーを空いてるペットボトルに入れて外出時に持っていくことがある。先日もそれを携行して呑み会の場に向かった。呑み会の会場前で荷物が捌けるようにと残りを飲み干していたら、ちょっと酔い気味のおじさんに、「その飲んでんの何よ?」と声をかけられたのだ。水のペットボトルはさわやかな感じのラベルが多いが、その中にどす黒い液体が入っていたので違和感を持ったのだろう。実際自分で持っていても違和感があるのだ。
「これですか? これは命の水です」
ぼくは神妙な顔でおじさんに答える。意外な重い返答におじさんは怪訝な表情。
「なんだそりゃ。ウコンみたいな酔わないアレか?」
「いえ、そういうのではなくて、命の水です」
「にいさん、体が悪いのか?」
「いえいえ、とても健康です。これのおかげもありますかね」と、ぼくは持っているペットボトルを目元まで上げる。5分の1ほど入ったどす黒い液体がゆらゆらと揺れている。
おじさんは怪訝というより仏頂面。ちょっと煽りすぎたかな、とぼくは内心思う。しかしおじさんの次の一手が冷静だった。
「そんなこと言って。どうせ中身はコーヒーだろ」
おぉ、スルドい! 指されて、じゃなくて言われてみれば当然の一手だが、酔っているところでこの本筋はなかなかだ。こう的確に決められては仕方なく、「そうです。コーヒーです」とぼくは素直に白状する。以下は形作り。
と思っていたらおじさん、ぼくの顔をじっと見つめて、「本当は何なんだよ?」と再び尋ねてくる。どうもぼくがあっさり認めたのが、おじさんには逆にアヤシく感じたようだ。これってまるで将棋みたいじゃないの。もう敗勢だぁと肩を落として形作りしていたら、そのあからさまな気落ちの様子を「油断させる演技」だと相手が勝手に思い込んで逆転の芽を作ってくれるような感じだ。局面は再び混沌としてきた。詰みまであったというのに。ぼくはおじさんに、「ま、コーヒーみたいなもんですよ」と含みを持たせる言葉を残し、その場をあとにしたのだった。
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2013年6月27日 | コメントは受け付けていません。 |
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